青森地方裁判所 昭和34年(ワ)106号 判決 1960年10月28日
原告 成田一
被告 十和田観光電鉄株式会社
主文
原告と被告との間に雇用関係が存在することを確認する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
原告は、主文同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、被告会社は、青森県十和田市に本店を置き、旅客運送事業等を営む会社であり、原告は、昭和二九年四月一〇日被告に雇用されたものである。
二、原告は、被告の従業員(総数約三五〇名のうち約三五名)をもつて組織する十和田観光電鉄労働組合の執行委員長の地位にあるものであるところ、昭和三四年三月末ごろ十和田地区労働組合協議会(議長原告、傘下組合一七単組、組織人員約一、二〇〇名)の幹事会の決定により、昭和三四年四月三〇日に施行された十和田市議会議員選挙の議員候補者として推薦された。
これより先、昭和三三年一二月八日原告所属の前記組合の執行委員会においても、原告を候補者として推薦することを決定したので、原告は、直ちに被告会社秘書課長江渡金一郎に対し、原告が右議員候補者として立候補するかもしれないから、社長の了承を得ておいてもらいたい旨の申出をし、正式に十和田地区労働組合協議会の推薦が決定した後である昭和三四年四月一五日被告会社専務取締役佐々木大助に対し、立候補の意思を有することの届出を口頭で行い、さらに同月一七日被告会社社長杉本行雄に対し、同趣旨の申出を行い、その了解を求めたところ、右杉本社長は、一応書類を提出するよう言明した。そこで、原告は、翌一八日指示に従い、文書をもつて右届出をし、かつ、同日公職選挙法により立候補の届出をした。
そのころ、原告は、組合業務専従者として昭和三四年四月二〇日まで勤務を免除されていたが、期限を同月末日まで延長することを許されていたので、この間に選挙運動を行い、四月三〇日の投票を経て、翌五月一日原告は、最高点をもつて当選した。
そこで、原告は、五月二日市選挙管理委員会から当選証言を受領し、翌三日は日曜日であつたので、四日前記杉本社長と会見し、議員に就任したこと、公職就任中は休職の取扱にしてもらいたい旨申出をしたところ、意外にも原告の所為は、就業規則に違反しているから、懲戒委員会の諮問を経て、回答する旨の通告を受け、同月一二日に到つて、懲戒解雇の意思表示を五月一日付で告知されたのである。
三、被告は、原告に対し、右解雇の意思表示をしたことにつき、原告が被告会社の左記就業規則(第一六条第一、二号)に違反し、被告の承認を得ないで、十和田市議会議員選挙に立候補し当選の上、議員に就任したので、左記就業規則に従い、懲戒解雇に付したのであると主張する(ただし、原告は、被告が右懲戒解雇の意思表示をするについて、懲罰委員会の審査及び判定を経たか、どうかは知らない。)。
記
就業規則第十六条 従業員は、次の場合は会社の承認を得なければならない。
一、公職選挙法による選挙に立候補しようとするとき。
二、公職に就任しようとするとき。
第八十四条 従業員が次の各号の一に該当するときは減給する。但し情状によつて譴責に止めることがある。
六、規則、令達に違反したとき。
第八十五条 従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解職にする。但し情状によつて諭旨解職、降職又は減給に止めることができる。
十三、前条第三号乃至第九号証に該当しその情状が重いとき。
第九十条 本章に定める懲罰は懲罰委員会の審査及判定を経て社長これを決定する。
四、しかしながら、右解雇の意思表示は、次の理由によつて無効である。
1 就業規則第一六条第一、二号は、公民権の保障を侵害し、無効である。
被告の原告に対する懲戒事由の根拠とされている就業規則第一六条は、前記のとおりである。
ところで、国民または住民の選挙権、被選挙権すなわち参政権は、憲法及び法令によりすべての国民に保障された公民としての権利の中心をなすものである(憲法第一五条、四四条、四七条、公職選挙法第九条、一〇条、地方自治法第一一条、一八条、一九条)。
労働基準法第七条は、右の法令を受けて、労働者の公民権を保障し、違反に対しては罰則をもつて臨んでいる。
そして、公選による公職の候補者として立候補すること及び当選の結果、公職に就任することは、被選挙権の当然の内容をなすものであろう。
これによつて、前示就業規則の当該条項をみると、従業員が公選による公職に立候補し、また当選にともない当該公職に就任する場合は、使用者たる被告の承認にかからしめることとし、さらに、右規則第八五条第一三号(第八四条第六号)と照応して、右の違反に対しては、懲戒解雇等の処分を加えることとし、もつて、前示承認を求める義務の履行を強制していることがわかる。
思うに、私企業における兼職制限ということは、労働関係における私的信義則上の問題であつて、公民としての権利の行使は、同列に律し得られるものではない。右就業規則は、憲法の秩序と公民権に関する驚くべき無知に起因するか、ないしは不法な公民権の侵害を意図するものであつて、憲法その他の法令に違反し、民法第九〇条により無効である。
結局、右懲戒解雇は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるといわなければならない。
2 就業規則第一六条をつとめて有効に解するとすれば、従業員が立候補し、または公職に就任するに際し、被告会社の経営及び労務の管理に不測の支障を来たさないような労働者の協力としての予告的届出の義務を課したものと解するのほかはない。
してみると、原告の立候補の準備から当選に至るまでの被告に対する措置は、十分に信義を尽したものであつて、右規則第一六条の趣旨に反するところがなく、いささかも非難するに値いしないものである。
結局右懲戒解雇は、就業規則の解釈、適用を誤り、懲戒権の濫用であつて、無効である。
3 労働基準法第二〇条は、使用者が労働者を解雇しようとする場合には、少くとも三〇日前にその予告をするか、または三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならないとしている。しかるに、被告は、原告に対し、前示のようになんらの予告をすることなく、またこれに代る手当を支払つていない。同条の但書にいわゆる「労働者の責に帰すべき事由」とは、同法第二〇条の保護を与える必要のない程度に重大または悪質なものであり、従つて、また使用者をしてかかる労働者に三〇日前に解雇の予告をさせることが、当該事由と比較して均衡を失するようなものに限つて認定すべきものと解すべきであり、被告の所為は、かかる除外事由に該当しない。仮に、該当するとしても、この除外事由は、行政官庁の認定を受けることを要し、右認定は、即時解雇の有効要件と解されるが被告は、この措置をも経由していない。
結局、右懲戒解雇は、労働基準法第二〇条に違反するぬき打解雇で無効である。
五、よつて、原告は、依然として被告会社との間に雇用関係が存在しているものであるから、被告に対し、その確認を求めるため本訴請求に及ぶ。
と、このように述べ、
被告の主張に対し、更に次のとおり述べた。
被告会社の前々社長小笠原八十美が昭和一一年以来衆議院議員であつたこと及び昭和三一年一二月ごろ死亡したことは認めるが、その余の主張事実及び法律上の見解は争う。ただし、被告の主張事実中被告会社においては、会社の常勤重役が政治に関与しないとともに従業員をも政治に関与せしめない方針を定めた。就業規則第一六条はかかる趣旨の下に制定されたとの事実は原告の利益に援用すると述べた。(証拠省略)
被告は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、請求原因第一項の事実は認める。
二、同第二項の事実中原告が十和田観光電鉄労働組合の執行委員長であつたこと(ただし、被告会社の従業員総数は、約四二〇名で、右組合の組合員は三〇名である。)及び原告が昭和三四年四月一五日会社専務取締役佐々木大助に対し、十和田市議会議員の選挙に立候補の意思を有することの届出を口頭で行い、さらに同月一七日、会社社長杉本行雄に対し、同趣旨の申出を行つたこと、以下原告主張のように請求原因第二項末尾の原告が被告会社から懲戒解雇の意思表示を五月一日付で告知されるに到るまでの経過はすべて認めるが、その余の事実は争う。
三、同第三項の事実は認める(ただし、被告が原告に対し、懲戒解雇の意思表示をするについては、懲罰委員会の審査及び判定を経たものである。)。
四、同第四項の事実及び法律上の見解は争う。
五、原告は、昭和三四年四月三〇日施行の十和田市議会議員選挙に、被告の承認を得ないで、同月一八日公職選挙法による立候補の届出をし、当選の上同市議会議員に就任したので、被告は、懲罰委員会の議を経て、同年五月一日付で原告を懲戒処分に付したのである。
六、原告は、就業規則第一六条第一、二号は、公民権の保障を侵害し、無効であると主張するが、その見解は、正当でない。
労働基準法第七条は、労働者の公民権の行使を保障しているが、同条の公民権として憲法上保障されているのは、憲法第一五条(公務員の選定及び罷免の権利、普通選挙の権利)、第一六条(請願権)、第三二条(裁判を受ける権利)等の権利で被選挙権の行使は、憲法上保障された権利ではない。
ただ、公職選挙法第一〇条に、「日本国民は、左の各項の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。」との規定があるの故をもつて、原告は、労働基準法第七条の公民権には、被選挙権を包含し、いかなる場合においても、これが行使を制限することができないと論ずるものの如くである。
しかし、公職選挙法第一〇条の被選挙権も自己の自由意思によつて特別の公法関係上の義務を負担するものは、その行使について、制限を受けてもこれを違法ということはできない。同法第八九条によれば、「国又は地方公共団体の公務員は在職中公職の候補者となることができない。」と規定されているが、これは、自己の自由意思による公法上の身分に基く当然の制限である。
私法上の雇用関係においても、事業の性質によりこれを制限することは違法ではない。
七、事業は、資本、経営、労働の三者によつて運営され、商法、労働法が三者の利益の均衡を図つていることはいうまでもない。
被告会社の前々社長小笠原八十美は、昭和一一年以来の衆議院議員で著名な政治家であるところ、昭和二〇年被告会社社長に就任した。同人は、会社を発展せしめた点について功績が少くなかつたが、反面、会社を自己の選挙に極度に利用した。すなわち、会社の幹部は、自己の一族、郎党をもつて占め、従業員は能力のいかんにかかわらず、自己の後援者の推薦によつて採用し、バス路線は、採算を省みないで、選挙地盤に延長し、選挙の際には、現業に従事する者を除き、その他の全従業員をして会社の費用をもつて、選挙運動をさせた。
同人が昭和三一年一二月二七日死亡し、その後、小笠原亀一が社長に就任したが、前社長の放まん経営の結果、会社の負債が山積し、破産状態にあつたので、経営に自信を持つことができなくて、間もなく辞任し、昭和二二年四月現社長杉本行雄が就任した。
当時被告会社は、二億円以上の債務を負担し、繰越赤字は一、九〇〇万円以上であつた。故に、費用を節減し、能率を増進し急速に経営の合理化を図らなければ、破産することが必至であつた。
よつて、被告会社の重役は、会社を政治から隔離し、経営の合理化を図る方針を定め、会社の再建に乗り出した。すなわち会社の常勤重役が政治に関与しないとともに、従業員をも関与せしめない方針を定めた。就業規則第一六条はかかる趣旨の下に制定されたのである。
被告会社は、この方針の下に経営され、昭和三二年度は約二、〇〇〇万円、昭和三三年度は約三、〇〇〇円の黒字を計上するに至つた。
わが国の労働組合が未熟で、組合運動と政治運動を混同し、無用の混乱を招いていることは顕著な事実である。そして、政党政治の現状においては、議員は、いずれかの政党に所属しなければ、活動ができない。組合役員である議員が政党に所属する以上、組合が政治に利用されることは火を見るよりも明らかである。
以上の事情の下に就業規則第一六条が制定されたので、会社経営上やむを得ない制限でもとより有効である。
八、被告は、原告を解雇するについて、昭和三四年五月一二日十和田労働基準監督署に対し、労働基準法第二〇条にいわゆる除外認定の申請をした。しかし、同監督署は、これを一たん受理しながら、解雇が五月一日付であるからとの理由で返却した。右労働基準法第二〇条の除外認定の申請は遅滞なくすれば足りるので、右監督署の処置は不当と考えられるが、右の次第で、除外認定は、そのままになつているのである。除外認定の申請は、行政指導上これをさせるので、解雇事由がある限り、除外認定がないの故をもつて、解雇は、無効となることはない。
と、このように述べた。(証拠省略)
理由
一、被告会社は、青森県十和田市に本店を置き、旅客運送事業等を営む会社であり、原告は、昭和二九年四月一〇日被告に雇用されたものであることは当事者間に争いがない。
二、次に、原告が被告から本件懲戒解雇の意思表示を受けるに至つた原因及びその経過について検討する。
原告が被告の従業員(原告は、総数約三五〇名のうち約三五名と主張し、被告は、約四二〇名のうち三〇名と主張し、両者の間に争いがある。)をもつて組織する十和田観光電鉄労働組合の執行委員長の地位にあるものであることは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると、昭和三三年一二月八日原告所属の右組合の執行委員会において、原告を昭和三四年四月三〇日に施行された十和田市議会議員選挙の議員候補者として推薦することを決定し、その後、昭和三四年四月一〇日ごろ十和田地区労働組合協議会(議長原告、組織人員約一、二〇〇名)の幹事会の決定においても、原告が右選挙の候補者として推薦されたことを認めるに足り、次いで、原告が同年四月一五日被告会社専務取締役佐々木大助に対し、右立候補の意思を有することの届出を口頭で行い、さらに同月一七日被告会社社長杉本行雄に対し、同趣旨の申出を行い、その了解を求めたところ、右杉本社長は、一応書類を提出するよう言明したので、原告は翌一八日指示に従い、文書をもつて届出をし、かつ、同日公職選挙法による立候補の届出をしたこと、そのころ原告は、組合専従者として同月二〇日まで勤務を免除されていたが、期限を同月末日まで延長することを許されていたので、この間に選挙運動を行い、同月三〇日の投票を経て、翌五月一日最高点をもつて当選したこと、そこで、原告は、同月二日市選挙管理委員会から当選証書を受領し、翌三日は日曜日であつたので、翌四日杉本社長と会見し、議員に就任したこと、公職就任中は休職の取扱にしてもらいたい旨申し出たところ、原告の所為は、就業規則に違反しているから、懲罰委員会の諮問を経て、回答する旨の通告を受け、同月一二日に到つて、懲戒解雇の意思表示を五月一日付で受けたこと及び被告が原告に対し、右解雇の意思表示をしたのは、原告が被告会社の左記就業規則に違反し(同規則第一六条第一、二号)、被告の承認を得ないで、市議会議員選挙に立候補し、当選の上、議員に就任したので、左記就業規則に従い、右懲戒解雇に付したのであると主張していること(ただし、懲罰委員会を経たか、どうかについては争いがある。)は当事者間に争いがない。
記
就業規則第十六条 従業員は、次の場合は会社の承認を得なければならない。
一、公職選挙法による選挙に立候補しようとするとき。
二、公職に就任しようとするとき。
第八十四条 従業員が次の各号の一に該当するときは減給する。但し情状によつて譴責に止めることがある。
六、規則、令達に違反したとき。
第八十五条 従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解職にする。但し情状によつて諭旨解職、降職又は減給に止めることができる。
十三、前条第三号乃至第九号に該当しその情状が重いとき。
第九十条 本章に定める懲罰は懲罰委員会の審査又は判定を経て社長これを決定する。
従つて、以上のような事実によると、右市議会議員の選挙に立候補するに当つて、原告は、就業規則第一六条第一号に定めるとおり被告に対し、遅くとも昭和三四年四月一七日までには公職選挙法による立候補の承認を求め、立候補の上当選したので、同条第二号に定めるところにより、同年五月三日被告に対し、公職に就く承認を求めたところ、被告から就業規則第一六条第一、二号に違反するとの理由で懲戒解雇の意思表示を受けたものであることが明らかである。
三、そこで、右懲戒解雇は、原告の主張するような理由により無効であるか、どうかについて考察する。
先ず、右就業規則第一六条第一、二号の効力について、案ずるに、およそ労働者が使用者との雇用契約を無視して、他と雇用契約を結び、無制限に他の職に就くときは、雇用契約に基く誠実な労務の提供が不可能となり、ひいては企業秩序を乱すに至る等使用者の企業経営に種々障害を与えることにもなるから、企業秩序の維持上、使用者は、就業規則をもつて、労働者の兼職禁止について、なんらかの規制方法を採ることも許されるものといわなければならない。本件就業規則第一六条も、成立に争いのない甲第一号証(本件就業規則)、特に右各条文の見出し及び規定の仕方によれば、公職選挙法による選挙の立候補及び公職への就任について、右のような兼職制限に関する趣旨で設けられた規定であると認められる。しかし、労働基準法第七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と規定し、同法第一一九条によつて、右第七条違反について、罰則が定められ、右第七条は、使用者に対し、労働者が公民としての権利の行使及び公の職務の執行のために必要な時間を請求した場合、これを拒絶することを禁止することによつて、労働者に対し、公民権の行使、すなわち国家または公共団体の公務に参与し得る権利の行使及び公の職務の執行、すなわち法令に根拠を有する公の職務の執行を保障しているのである。そして、右第七条に規定する公民権とは、参政権をもつて主たるものとするところ、右第七条は、その一例として選挙権の行使を明文をもつて保障しているが、公職選挙法による被選挙権も、公務員のように特別の規定ある場合は別として、枢要な参政権の一であるから、選挙権と同様、右第七条の公民権に含まれるものと解すべきであり、また当選により就くべき議員たる公職は、法令に根拠を有し、右公民権の具体的実現として右第七条に規定する公の職務に該当するものと解すべきである。従つて、本件就業規則第一六条第一、二号は、労働基準法第七条が使用者に対し、労働者から公民権の行使及び公の職務の執行のための必要な時間の請求があつたとき、これが拒絶を禁止することによつて、公民権を保障していること、すなわち使用者に対する禁止規定たることに着目すれば、あながち無効のものであるということはできないが、使用者は、右就業規則の規定にかかわらず、労働者から立候補の承認の要求及び当選による公職就任の承認の要求があれば、これを拒み得ないものと解すべきである。
以上の説示によると、原告は、昭和三四年四月三〇日に施行された十和田市議会議員の選挙に立候補するに際し、被告にその承認を求め、立候補の上当選するや、更に遅滞なく被告に市議会議員の公職に就いたことの承認を求めたのであつて、被告は、これが承認を拒み得ないものというべきであるから、原告は、就業規則第一六条第一、二号に違反したものということはできない。
なお、被告は、就業規則第一六条の規定を設けたゆえんについて、被告会社の前々社長小笠原八十美が会社を自己の選挙に極度に利用し、会社企業を危殆におとしいれたので、会社に政治を持ち込むことを避けるためである旨主張するが、仮に、被告が右就業規則を設けたゆえんがそのとおりであるとしても、被選挙権が労働基準法第七条の公民としての権利のうちに含まれ、その行使が保障されていること等は既に前記説述のとおりであるから、被告の右主張は、前記の結論を左右することができない。
四、従つて、被告が就業規則第一六条第一、二号の規定に違反するとの理由で、原告に対してした懲戒解雇の意思表示は、懲戒解雇としての根拠を欠き、無効であり、原告は、今なお、被告会社との間に雇用関係が存在しているものといわなければならない。
五、よつて、原告の本訴請求は、その余の争点についての判断をまつまでもなく、正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野村喜芳 福田健次 谷口茂高)